私がアロマを始めたきっかけ

私がこの仕事(セラピスト)に就いたことには、ある人との出会いが大きく関係しています。その人の名はMさん。彼は私のフィアンセでした。「でした」と過去形を使っているのは、彼がもうこの世にいないからです。Mさんは、2012年の2月28日に4@歳の短い人生を終え旅立ってしまいました。

Mさんと知り合ったのは2009年の春。彼は出会ってすぐに、脳腫瘍で3回手術をしていることを私に告白しました。正直驚きましたが、彼の明るさやはっきりとした態度、何より正直に病気の話をする誠実さに惹かれてデートすることにしたのです。その直感は正しく、Mさんはとても素敵な男性でした。そして、ごく自然な形でお付き合いが始まったのです。しかし、初デートの2ヵ月後に癌が再発。4回目の手術となってしまいました。わかっていたこととはいえ、とてもショックでした。知り合って間もなかったせいか、「別れようと思わなかったの?」と聞かれることもありますが、その時既に彼は私にとってなくてはならない存在だったので、その発想はなかったです。幸いなことに、手術は成功しました。ただし、ギリギリまで腫瘍をとったので、左半身の機能が低下し、ほぼ不随の状態になってしまいます。それでもくじけることなく、二人でリハビリに励み、4ヶ月後には杖で歩けるまでになりました。そして、彼からプロポーズ。迷うことなく、OKしました。本当に幸せでした。

彼は徐々に仕事も再開し、経過は順調かに思われました。しかし、翌年2010年の4月末の検査で、また脳に影が見えたのです。これ以上手術はできなかったため、残された道は放射線治療のみ。でも、既に限界ギリギリまで放射線を浴びているため、必要最低限しか治療はできません。今思えば、この時点で治療ではなく延命に近かった気がします。私は彼のサポートに専念するため、仕事をやめました。同棲=介護の始まりでしたが、迷いはありませんでした。それに、彼と一緒に居られることが純粋に嬉しかったのです。

しかし、2011年になって症状はさらに悪化してしまいます。春には水痘症を併発し、歩行も困難な状態に。結局7月に再入院し、水痘症の手術を受けます。9月末に何とか退院し、再度家に戻ります。実はこの時、退院することに対して周囲からかなり反対されました。「これからどんどん眼に見えて悪くなりますよ、それでも自宅で看たいですか」と、お医者様にはっきりと言われたこともあります。でも、その時は意識が戻ったことに希望を持ち、自宅で穏やかな生活をすることできっと回復すると信じていたのです。去年だって駄目だと言われていたけど、大丈夫だった。今回だって絶対大丈夫だと。でも、退院して1ヵ月を少し過ぎた辺りから、もう意思の疎通すら出来なくなってしまいました。そして、2012年の1月に肺炎を発症。その段階で延命をするかどうかの決断を迫られます。最終的には、日赤医療センターのホスピスに入って1週間で亡くなりました。結局、入籍の夢はかないませんでした。

アロマについて勉強を始めたのは、自宅で彼を介護する際に、少しでも私が力になれることがあったらという気持ちからでした。本で「香りは脳にダイレクトに伝達するため、痛みを軽減したり、身体をリラックスさせる効果がある」と知り、やってみようと思ったのです。最初は、免疫効果の高いレモンを家の中で炊いたり、殺菌効果のあるティトゥリーを使って体を拭くなど、シンプルな使い方だけでしたが、2011年に再度自宅に戻ってからは、彼の状態を考えて、掃除道具も全てアロマ系で統一。ケミカルは一切使わないよう心がけました。痰が詰まった時に、ペパーミントやユーカリを使って室内を整えると、呼吸が少し楽になっているようで嬉しかったです。

治療中に知り合ったメディカルアロマの先生によるマッサージも衝撃的でした。触っただけで患者の痛みを理解し、丸ごと取り除くような洗練された技術に感銘を受け、アロマに対してより深い興味を持つようになったのです。「自立して生きて欲しい」という彼の願いもあり、彼亡き後は迷うことなくアロマの道へ進みました。彼を亡くした悲しみははかり知れないものですが、アロマには、大好きな彼が喜んでくれたという、幸せな記憶があります。その思い出を胸に、疲れた方の身体を癒すお手伝いをすることが、今の私の生きがいなのです。

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